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陳氏18世10代伝人陳照奎

ここでは、「陳氏18世10代伝人陳照奎」 に関する記事を紹介しています。

               陳式太極拳・おいらの虎の巻と独り言 もくじ


陳照奎(1928~1981)は日本語では「チン ショウケイ」と呼ばれているようです。
陳照奎の父は陳撥科(1887~1957、日本語読みはチン ハッカ)です。
陳式太極拳の歴史の中ではとても重要な方々で、
「20世紀の陳式太極拳で最も貢献された宗師」と言われています。 

陳式の歴史はいろんな説があるのであまりはっきり解りませんが簡単に説明すると、
中国武術は血族、村、地区、武術館、門派などにしか伝えない傾向がとても強かったようで、
(今でも存在します)、正確に全国に伝わっているものはあまり多くはありません。

陳式太極拳も例に漏れず、明の末期・清の初頭に湖南省の陳家溝という村で陳王廷が創ってから、
陳長興(陳氏第14世・太極拳第6代宗師)までの間は外部には伝えられませんでした。
陳長興が河北省の楊露禅に伝えて以降、楊式・武式・呉式・孫式など形を変えながら、
ゆるやかに各地に伝わってゆきました。

しかし、長い時間をかけて伝わった太極拳は「緩やかな、柔らかい」部分に重点を置いたものばかりで、
陳式の「速い・遅い」「激しい・緩やか」「沈む・浮かぶ」「螺旋の理論」などの伝統が
結局伝わっていませんでした。

そこで、陳式史上最も高い功夫を備えていたといわれる陳撥科 (陳氏第17世、陳式太極拳第9代宗師) 
が北京・南京に赴き伝統陳式太極拳を披露し、その名を全土に轟かせました。 
「套路の研究・整理、陳式太極拳の普及」 に関してもっとも貢献されていると言われています。

陳撥科は息子、陳照奎をとても可愛がり自分の傍に置き、陳撥科が若い時に一族にのみ
伝えられ鍛錬してきた低架(姿勢が低く、内容が細かく、難易度が高い)を幼少から鍛練させました。


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陳照奎宗師 (青龙出水)   太极网から

陳撥科が亡くなってからは父の後を継ぎ、更に人体力学、生理学などを科学の知識も
取り入れながら研究・整理・普及・指導されてこられました。
陳照奎の功夫の高さも陳式の歴史上とても有名です。

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陳照奎宗師 (伏虎式)   太极网から

この 「陳照奎」 を理想として陳式太極拳を鍛練されている方はとても多いです。

 


   陳照奎宗師動画はこちら

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